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崇徳院の呪い

崇徳

父、鳥羽上皇に幼くして廃位された崇徳上皇 
天子の位に返り咲きたいと兵を挙げた。すなわち保元の乱である。
これに破れて讃妓に流されるのだが、
それでも許され都に帰れるものと思い込んでいた。

 
その崇徳上皇、五部大乗経を血書で写経し、京に送る。
本人はお詫びのつもりだったろうが、宮延は恐れ怪しみこれを拒絶、送り帰した。
それも道理、五部大乗経の写経は絶大な功カがあるとされ、
本職の僧侶でさえ一部でも読破すればお祝ものという難解長大な経典。
五部全て写経すれば願うこと適わざることなきと言われた、霊験現かなお経である。
これは何かの呪いではないかと疑われたのである。

 それを聞いた崇徳上皇は、ついに怒り狂った。もはや都に帰ることかなわず、
流刑地に朽ち果てるのは必定。ここに怨霊崇徳院の発動が始まる。

 いわく「願わくは、大魔王となりて天下を悩乱せん五部大乗経をもって廻向す。」、いわく「皇を取って民となし、民を皇となさん」、いわく「人の福をみては禍とし、世の治まるをみては乱をおこさしむ。」そう呪って狂乱し、憤死した。
埋葬のときは一天俄にかき曇り暴風雨が吹き荒れ骸からは鮮血が吹き出したという。

 崇徳天皇の亡くなった16年後に「平家にあらずんば人にあらず」
の平家全盛時代が来て、それから12年後には平家が滅びる。

そして鎌倉幕府の武家の政治が始まる。
「民」が日本を支配した、つまり崇徳天皇の呪いが死後30年も経たないうちに実現してしまったのです。
この間、後白河天皇の息子や息子の奥さんも孫も病死、疫病は流行り都が大火にあって御所も焼けてしまう。

民衆の間に[崇徳天皇の祟り」と噂が流れた。
その後もまだ、後鳥羽上皇が武士に対して承久の乱を起こして破れ、流罪になる。
天皇が、臣下であるはずの武士に島流しになる。
崇徳天皇の呪いが成就したわけである。

時は過ぎ
明治天皇は明治に変わる12日前に、崇徳天皇の御陵に大納言を勅使として送り、
「陛下の霊には京都へお帰りいただくべきで、その為に神社も建立いたしました。
長年のお怒りをお鎮めになって、京都にお帰りいただきたい。
そして官軍に刃向かう賊徒を鎮定し、天下が安穏になるようお助けください」。

と崇徳天皇に向かって読み上げている。
700年も崇徳天皇の怨霊と恐れられていたという…。
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