MenuBuilder.me - Online Menu Generator
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

スポンサードリンク

<<<カテゴリ一覧>>>
   
  
謎 オカルト 心霊 怪奇事件 未解決事件 動物 芸能界 メディア etc...
[1] 恐怖    [2]  感動    [3] 未知
   
[4]  アニメ・マンガ    [5]  芸能    [6]  その他 

   
  
コピペ 体験談 ネタ etc...
[1]  おもしろ系    [2]  怖い系 
[3]  閲覧注意系 

   
  
謎 オカルト 心霊 怪奇事件 心霊スポット etc...
[1] 日本の不思議/謎    [2] 海外の不思議/謎
   



スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ブログパーツ

平将門の首塚と祟り

まさかど

平将門(たいらのまさかど)は、平安時代中期の武将。935年 平将門の乱が起こり、940年(天慶三年)二月に平貞盛・藤原秀郷(俵藤汰)によって追討。
将門は、飛んできた矢が額に命中し亡くなった。
 
その首は、平安京へ運ばれ、京都の七条河原にさらされた。
何ヶ月たっても腐らず、眼を見開き、歯ぎしりしているようだったという。

その将門の形相を見た歌人 藤六左近が歌を詠むと、将門の首が笑いだし、突然地面がうごめき、稲妻の中、『我に四肢を与えよ。もう一戦せん』と叫び、夜な夜な
その声が響く。
そして、ある夜、将門の首は体を求め、坂東を目指して飛んでいったという。
その首は数ヵ所に落ちたとされ、将門の首塚はいくつかあるが、もっとも有名なのが、住民は長らく怨霊に苦しめられたといわれる、東京都千代田区大手町1-2-1にある首塚。
首塚にまつわる奇妙な話が多いことでも知られる。
 
1923年(大正12年)9月1日、関東大震災により、当時、大手町にあった大蔵省庁舎は全焼。
その仮校舎の予定地に首塚も含まれ、工事により崩された。
その後、期待された早速 整爾(はやみせいじ)大蔵大臣が、体調を崩し意識不明。原因不明のまま、一ヵ月後に57歳という若さで亡くなる。

その後、矢崎管財局課長ら14人の大蔵官僚が次々と亡くなり、武内作平政務次官他、多くに怪我が続出。首塚の祟りと恐れられ、仮庁舎を取り壊し首塚を元の場所に復元、盛大な慰霊祭を行った。 

早速 大臣が亡くなったのは1926年(大正15年)9月13日、そして、1928年(昭和3年)に仮庁舎を撤去し復元、その間はわずか2年。
取り壊しの期間を考えればさらに短くなる。
単純に2年としても、14人が亡くなるということは、2ヶ月に1人以上亡くなっており、限られた場所、限られたグループ内であることからも奇妙な話。
 
この他、1945年(昭和20年)、終戦を迎えた年、米軍のGHQが空襲による焼け跡のままだった首塚周辺に目を付け、巨大な駐車場を作ろうとする。
工事が進むにつれ、異変がまた繰り返された。整備のため、土を掘り返すと、墓石が現われたため、ブルドーザーで掘り出そうとした途端、車体がバランスを崩し横転。
2人が死亡。首塚まで工事を進めることが出来ず、中止せざるを得なくなった。
 
将門の祟りは、本当にあるのか、それとも、単なる迷信なのか。
周囲の高層ビルが建ち並ぶ中、ここだけは時代が止まったまま、静かに同じ時を刻み続けている。これが、何を意味しているのか。
 
大蔵省の仮庁舎を建てる前、関東大震災で将門の首塚も崩れたため、工学博士 大熊 喜邦(おおくまよしくに)が、これを機に依頼され調査している。石室は掘り出されたが、すでに盗掘されたのか、見るべきものがなかったという。
関連記事
スポンサーサイト
ブログパーツ

テーマ : 怪奇・超常現象 - ジャンル :

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

来場者数
リンク
    [人気ブログランキング]
ブログランキングに参加しています。
よろしかったらぽちっとお願いします。

ブログランキング・にほんブログ村へ


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。